時代裂
時代裂についてはっきりとした定義はないのですが、現在では一般的に、江戸期頃までの裂地全般をさすようです。
時代裂は主に軸や屏風の表装、道具のしふくなどに使われることが多く、
裂地のままで後世に残っていくことが少ないです。
その中でも特に時代の古い辻が花裂、慶長裂、寛文裂、元禄裂という原型が小袖であったものをご紹介します。
染分地菊楓桐文様辻が花裂(全体拡大画像)
桃山時代 39cm×40cm
辻が花は室町時代から桃山時代にかけて流行した縫いしめ防染による文様染です。鹿の子絞りのように絞りの味の面白さをねらったものではなく、運針の自由さで文様の輪郭をつくり様々な絵文様を表現したのが最大の特色です。またそれだけでは表現しきれない微妙な文様を墨の描絵で補っており、典型的な辻が花の特色をあらわした一例です。
主に上層武家階級の衣裳として制作され、練緯の生地が多く使われました。
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江戸時代初期 35cm×10cm
この頃から多く用いられるようになった綸子地を黒と白に絞りで染め分け、摺箔で地文を施し細かい刺繍と鹿の子絞り、墨の描絵で上模様が表されております。この一枚の裂で辻が花のかほりを残しつつ、慶長期の特色も垣間見ることができる好例です。
桃山期の辻が花と同様に主に上層武家階級の衣裳として制作されましたが、小袖や胴服といった原型のまま現存するものが大変少なく、その多くが重要文化財に指定されています。 |

江戸時代初期 35cm×17cm
新興町衆が徐々に経済力をつけるようになり、また彼らの好みを反映した小袖もつくられるようになりました。やがて武家階級の意匠の系統と互いに影響しながら寛文頃一つになり寛文小袖という様式が完成されました。
技法は鹿の子絞りを中心に刺繍と縫い絞りを併用するものが多く、模様は今まで主であった植物、動物のみならず器物や文字にいたるまで幅広くモチーフとされ、大柄で動きに富んだ構成となりました。
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江戸時代中期 54cm×18cm
産業が発達し生活が向上してくると、ますます町人勢力の勃興がめざましく、文化を楽しむ余裕もできました。そして元禄文化を花開かせたのです。
この頃の技法は依然として絞りと刺繍が用いられていましたが、絞りにおいては一粒一粒を絞り上げる本匹田に対して型を用いて表現する摺匹田が多用されていました。人々の美意識がそれまでの重厚な意匠から華麗な文様を望むようになり、やがて友禅染が完成されるのです。
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