絞り(浴衣)
 浴衣は「湯帷子(ゆかたびら)」という湯あがり着的な意味合いからはじまったといわれています。木綿が麻にかわって普及してきた江戸時代中期頃から明治期頃までの浴衣は、藍の絞り染や型染によって染められた単色のものが主流でした。
 
絞り染めで模様が表されたものを選んでみました。


藍地木綿雲に草花文絞り浴衣(全体拡大画像)

江戸時代後期 138cm×122cm
 
 名古屋市の有松町、鳴海町は400年近い歴史をもつ木綿絞りの一大産地です。東海道の街道筋に隣接して面していた村でした。絞り染めを商品として往来する人々へ販売を始めたのが東海道随一の名産品となっていったのでした。
 有松・鳴海絞りの中の代表的な技法の一つである三浦絞りによって雲どりをつけ、また別の技法を使って草花を表現した風景模様の浴衣です。この一領に数種の絞りの技法見ることができます。



明治時代 144cm×120cm

 三浦絞りで藍場との見事な等間隔の市松模様に絞り上げられたこの浴衣は、袖から身頃へ少しのズレも無く仕立てられており見ていてすごく気持ちの良い逸品です。
 前出のものと同じく有松・鳴海で絞られたものと推測されます。尾張徳川家の保護奨励のもとにさまざまな創意工夫、改良を重ねたこの地の絞りは、今日まで世界に類を見ないほど多種多様な絞りの技術と流通量をもつ町へと発展していきました。


明治時代 136cm×122cm

 
 江戸後期頃の木綿絞りの産地は大坂を要とした東海道や西廻り航路の影響がありました。有松・鳴海絞りの他、九州の絞り、出雲、新潟、秋田の絞りのように各地に高度な絞り技術が定着し産地を形成していきました。それぞれに共通する多くの絞りの技法を見ることができます。
 
この浴衣は一見有松・鳴海絞りのようですが、出所から秋田の浅舞絞りであることが分かっております。大胆なデザインに圧倒されるばかりです。



明治時代 136cm×121cm
 
 見ての通り魚かし関係の人の所用であったと思われる。絞りで文字を表現しているのが大変面白いのですが、どこで絞られたものかは特定できません。
 
現在では木綿絞りを中心とした名古屋と絹絞りを中心とする京都のニ代産地を残すのみとなりました。手間と暇のかかる作業のため後継者難などの問題から衰退していく一方ですが、かつての産地では技術の伝承や遺品の発見、保存、復元などの活動がはじまっているところもあります。
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