小紋
大変細かい模様を彫り透かした型紙を用いるために、型のおくりの難しさ、糊が目詰まりしやすいことなど型染の中でも超一級の技術を要する小紋染。そんな極小の美の世界をご覧下さい。
光琳梅小紋地裾投扇文着物(全体拡大画像)
江戸時代末期 150.5cm×106cm
小紋といえるものが見られるようになるのは室町時代末期頃から。武家男子の帷子や小袖、胴服・鎧下着などにしばしば小紋染めが用いられた。それ以降はもっぱら男性の裃を中心に羽織や下着などに使用され、女性用のものとして見られるようになったのは、江戸時代中後期以降からでした。
光琳梅の小紋で染められた地模様のこの着物は、裾だけに友禅で模様をつける、幕末から明治時代にかけての小袖の典型的なスタイルです。 |
明治時代 159cm×127.5cm
それまで武家男子用の柄としての性格が強かった小紋染は、町方女性を中心に彼女ら自身が生み出したいわゆる「粋」の美意識の生成とともに、小紋染の美に傾倒していった。遠目には無地に見えるが、近づくと技巧を凝らした細かい模様がすっきりと品良く表されている小紋染は、まさに「粋」の美意識に合致したものであったのだろう。
この着物も大変細かい小紋で染められているが、少しの型のズレもなく柄が連続されているのが見事です。 |
江戸時代末期 101cm×96.5cm
町方女性に限らず、次第に一般庶民、中でも裕福な者の間で着物や羽織に小紋を染めることが流行り、ユニークな柄を題材にした洒落た柄が次々と誕生してくる。さぞかし型紙制作の背後には才能に恵まれた図案家がたくさんいたのであろう。
これはもともと大人用の着物であったものを、一つ身(幼児用)に作りかえたものではなく、最初から子供用にあつらえた贅沢なものである。亀甲の中にもまた、柄を配した大変面白い小紋となっている。 |
明治時代
当時の小紋の柄行は型紙や見本帳、染見本をはじめ浮世絵に描かれている柄などから作例を見ることができます。江戸も末期になると経済力を持った旦那衆から一般町人の中にも小粋な柄行の小紋を着用するようになりました。豪商の中には自分の好みの小紋柄をこのような染見本からオーダーしてあつらえたのです。
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