掛袱紗 その2
 現在では袱紗を用いるといった習慣はほとんど見られなくなりましたが、江戸時代の人々の贈答への気の配りようをうかがい知ることができます。今ではこのような古い掛袱紗を室内の装飾としての飾りなどに使われる方が多いようです。
 
寿福の場合に使われることが多い、吉祥の意味を持つ華やかな意匠の掛袱紗をご紹介致します。


紺地初穂文縫袱紗(全体拡大画像)

江戸時代後期  80cm×66cm
 
 この袱紗の文様である初穂は、その年の最初に実った稲の穂のことであり、またその年初めて収穫した穀物を神前や朝廷に奉ることをいう。雪景に松と梅が効果的に配され、祝賀に彩りを添えているようです。
 袱紗といえば、奈良興福院に収蔵されている31枚の刺繍掛袱紗が有名です。それらは五代将軍徳川綱吉が、側室の瑞春院に御祝儀の折に贈った袱紗を1713年に寄進されたもので、年代が特定できる掛袱紗で最も古いものといわれています。



江戸時代後期  83cm×67cm

 百人一首とは「古今集」をはじめとした十種類の和歌集から選ばれた百人の歌人の歌を、一人一首ずつまとめた撰集です。撰者である藤原定家の小椋山荘の襖の色紙に書かれていたものといわれ、その山荘の名から「小倉百人一首」と呼ばれています。
 この袱紗ではその中の「伊勢大輔」による「いにしえの奈良の都の八重桜・・・」をはじめ「在原業平朝臣」、「貞信公」、などの歌を見ることができます。


江戸時代後期  75cm×66cm

 
 能楽の「猩猩」から取った文様。中国潯陽江にすむ酒好きの妖精猩猩が、親孝行の若者高風の素直な心を賞して酒の泉を与えて舞うといったお話。この図では、酒に酔った猩猩が笛や太鼓ではやしたてられ波の上で乱舞する場面をあらわしている。
 
この頃の掛袱紗の表地には繻子・綸子・縮緬などが用いられ、これに刺繍を施したもの、染と刺繍を併用しているものが多い。明治になると綴などの織物や、友禅だけで文様を表したものも増えてきます。



江戸時代後期  83cm×65cm
 
 裏地には赤く染め上げた縮緬・塩瀬・精好などの裂を用いて表地よりもやや大きくはみださせて折り返し、表地とぬい合わせている。このような額取りのようなものを「ふき」と一般に呼んでいます。
 
このような宝船の文様は、華やかな掛袱紗にもっとも好まれた文様のひとつです。帆には大きく金糸で丸に桔梗紋があらわされ、船上には砂金袋、七宝、傘、蓑、打出小槌などの吉祥文様がところ狭しと並べられています。

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