日本の染織の歴史 3(小袖)
 「小袖」を日本の染織の歴史のお話の続きを兼ねてお話したいと思います。

 一般に文様といえばモチーフのみに目を奪われがちですが、江戸時代の人々がこだわったものはモチーフだけではなく、時には構図や表現に強い関心を払うことがありました。そうした意味において文様を見る時、これら三つの要素をしっかりと意識し、人々の関心が文様のどこにあったのかを考えることも大変興味深いものです。



江戸時代中期 138.5cm×124cm

 
 中国より渡来した紋紗綾の白生地に近江八景の模様を筒描し、藍で地染めをした後の白場に色挿しを施す。筒描と色挿しの工程が友禅染独特の妙趣を演出し、町方女性を虜にしたのです。
 
これに対して武家女性の小袖意匠はどうだったのでしょうか?友禅染が現れた時、武家女性は町方女性とはまったく異なる行動をとりました。町方女性が友禅染に殺到したのに対して、武家の女性はあえてこれを小袖の加飾技法としては取り入れなかったようです。



江戸時代後期 167cm×120cm

 友禅染が町方女性の間に普及すると、身分上彼女らよりも上位にある武家女性は、これを使用することに強い抵抗感を覚えたに違いありません。技法は旧来のものを用いつつ、時代に対応した新しい意匠形式を生み出すこととなったのです。その代表的な文様が、一般に「御殿柄」とよばれる形式化した文様です。これには大きく分けて二つの種類があります。
 ひとつはこのような四季の草花で構成される花束を衣裳全体に大きく散らす意匠形式で、強く吉祥の意味合いを含んでいます。


江戸時代末期 162cm×123cm

 
 もうひとつは、御所解文様と呼ばれる形式化した風景文様です。このように文芸的な主題を暗示する象徴的なモチーフを風景の中に配して、王朝文学や能楽の内容を暗示的に表わし、出典を当てさせる趣向を含んだものが多く見られます。
 これら二つの意匠形式に共通する点は、武家女性の関心が、構図に向けられているわけでも、文様表現に向けられているわけでもなく、むしろモチーフの選択や組合せの妙に向けられているのです。



江戸時代末期 173cm×124cm
 
 水浅葱の繻子地に20種以上もの菊を刺繍だけで表現した婚礼用の打掛。菊の咲き誇る時に嫁がれた裕福な商家の娘さんのために誂えたものであろう。
 このように、江戸時代においては、時代や社会階層の違いによって、人々の小袖意匠に寄せる関心が、構図・モチーフ・表現のいずれにあるかに違いが生じました。それはそれぞれの人々にとっては一種の価値観でありこだわりであったわけですが、正にそのことが背景となって、さまざまなファッションが生み出されたのです。

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