紅毛裂
 鎖国政策により南蛮貿易が廃され、新教であるオランダが長崎出島のオランダ商館を通じて貿易を許されました。ポルトガル、スペインの南蛮船に対して紅毛船と呼ばれていたことから、船載された文物のうち特に珍重された染織裂の類を一般に「紅毛船持渡裂」、略して「紅毛裂」と呼んでいる。
 そのような紅毛裂と呼ばれる一群の中から、唐桟、甲比丹、唐木綿といったところをご紹介したいと思います。



紅唐桟風呂敷(部分拡大画像)

18C 70cm×68.5cm
 
 紅毛裂のうち殊に人気を博したのが、唐桟(とうざん)と呼ばれる木綿の縞織物の類がある。非常に細い木綿糸を経緯とも二本ずつ引き揃えの双糸で平織にされている。積出港であったインドのセント=トーマス(マドラス)に因んで桟留縞と称され、後に川越などで模作された国産品が出回ると、区別して船載品は唐桟留と呼ばれた。
 唐桟は藍の濃淡地のものが主流であるが、このような赤色主調のものは数が少なく紅唐桟(べにとうざん)と呼ばれ珍重されました。



18C 93.5cm×78.5cm

 算崩(さんくずし)とも呼ばれるこの木綿は、経緯双糸で網代様(あじろよう)の微細格子を織り上げている。一般的には唐桟留の中に包括され分類されることが多い。これもまた、このような赤地のものは紅葉(もみじ)手と称して藍地のものよりも珍重された。
 当時の絹物禁制のもとで、絹に紛うなめらかな光沢を持つ高価な唐桟留を使って袴に仕立てるとは、よっぽど裕福で洒落っ気のあった者なのだろう。


17C 80.5cm×73.5cm

 
 通称甲比丹(かぴたん)と呼ばれる経糸に絹、緯糸に木綿を用いたインド産の縞ものである。黄、赤、茶、藍、緑などの柔らかな色調と、絹地を思わせるなめらかな風合いが珍重された。比較的早い時期から南蛮船によっても船載されてきたが、文化文政頃まででその輸入が途絶えたため、唐桟と比べると現存する数は少ない。
 
カピタンの通称は、南蛮船の船長がこのような縞柄の衣服を着用していたことからポルトガル語で船長を意味する語から由来する。



18C 160cm×35cm
 
 紅毛船とともに貿易が行われた唐船による船載裂のうち、中国南方の産と思われる厚手の変り織木綿の一群を、唐木綿(からもめん)と呼んでいる。これらは紅毛船からも運ばれ「阿蘭陀縞」と呼び区別されることもあるが、産地は同じであると考えられている。
 
ざっくりした手紡ぎ糸で間道と呼ぶ縞物や綾織、浮織、もじり織など様々な種類のものがある。厚手の太縞は敷物に、薄手で細立の縞は懐中物などの加工に多く用いられた。

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