掛袱紗 その3
 今までにご紹介した掛袱紗より小振りなサイズのものを選んでみました。


紅地山繭縞紋縮緬波にイカリ文縫袱紗(全体拡大画像)

江戸時代後期 51cm×49cm
 
 これからご紹介いたします掛袱紗は、奈良の興福院に収蔵されている31枚の刺繍掛袱紗とよく似たサイズのものである。それらは五代将軍徳川綱吉が側室の瑞春院に毎年、年始、中元、年末等の祝儀の都度その贈物の上にかけて贈ったものだが、本来は女性用のものとして作られたものではないかと思われている。
 山繭で縦縞に織り出した紋縮緬地に見事な刺繍で波、イカリ、鳥を表している。荒々しい波に微動ともしないイカリの姿は、安定した暮らしを願う意が込められているようだ。



江戸時代後期  51cm×47.5cm

 この時代、武家女性の装いの意匠形式であった御所解文様を思わせるような文様であるが、小袖から仕立てかえられたものではなく、元々掛袱紗として作られたものだ。いかにも女性向けとしての趣向が伺える。
 部分拡大画像3点、紫の縮緬地に文様を白揚げし友禅染と刺繍で波、網干、燕、芦を表す。加飾技法は御所解文様の小袖と全く同じである。


江戸時代中期  38cm×36.5cm

 
 萌黄の繻子地につがいの鶏と菊、桔梗の文様を刺繍のみで表す。さらに一まわり小さいサイズの掛袱紗である。

(部分拡大画像上より時計回りに)   
1)雄鳥の部分、繊細な刺繍で見事な羽を表現   

2)雌鳥の部分   

3)葉っぱの色を部分的にかえる。桃山風の刺繍を再現?




江戸時代後期  52cm×51cm
 
 中央部に蓮の花、葉を据え、その周りを唐草や桜の花で装飾した文様である。細かく見ると文様の所々に「つり」があることから型紙を使った型染で染められている。上下左右が対称の構図ではあるが、微妙な柄の違いから全体を表す一型で染め上げられていることがわかる。
 
近代では蓮の文様の掛袱紗であると、仏事用に用いられたていたものと考えられることが多いが、これもそうであったのかどうかは明らかでない。

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