インド更紗(インドネシア古渡り)
インドネシアの島々では大航海時代に送り込まれたとみられるインド更紗がたくさん発見されています。それらは主にインドネシア染織のデザインを模倣してつくられたものがほとんどなのですが、中には日本やヨーロッパなどにもたらされたものと共通なデザインのものも少なからず見いだされます。
茜地格子織鋸歯文様更紗
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18C 264cm×100cm
ボーダーに鋸歯状の模様をともなったこの更紗は、主にスマトラ島のジャンビをはじめ、パレンバン、ランプンなどで用いられてきた模様構成となっている。このようにインドネシアの染織デザインと類似したインド更紗は、それを模倣し、インドネシア向けにつくられたものである。
またこの更紗では中央部の模様部分が格子織となっており、織と染が併用された大変珍しい更紗と言える。
茜地山水文様更紗
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17〜18C 312cm×224cm
スマトラ島ランプンで発見されたこの更紗は、中国や日本の山水画をモチーフとしたデザインのインド更紗である。ヨーロッパにおけるシノワズリー(中国風趣味)の影響によるもので、本来はヨーロッパ向けにつくられたものなのであろう。
また、これと類似のインド更紗が京都祇園祭の南観音山の胴掛けとして用いられている。その裏には「貞享元年甲子6月吉日 袋屋庄兵衛内」の銘があり、日本における更紗に関しての最も古い年記(1684年)が記されている。一度ヨーロッパに渡ったものがオランダ貿易によって日本に輸入されたものだと考えられている。
白地花幾何学鋸歯文様更紗
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17〜18C 322.5cm×97cm
極めて少ない数ではあるが、インドネシアに渡ったインド更紗の中に日本古渡りのものと類似するものが見つかっている。スラウェシ島で発見されたこの更紗もそのひとつである。
一般に「格天井」とも呼ばれる模様のインド更紗で、もともとはこれと全く対称の左側部分との二幅構成であったと考えられる。類似の日本古渡りでは前田家伝来の陣羽織をはじめ、名高い名家の道具の仕覆などに見ることができます。
茜地パトラ文様更紗
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18C 208cm×78cm
インド西部のグジャラート地方で織られてきたパトラと呼ばれる絹の経緯絣は、インド更紗と同様にインドネシアの広範な地域にもたらされ、各地で支配階級の人達のステイタス・シンボルとして用いられてきました。
この更紗はそのパトラのデザインを模倣したもので、同じく王侯・貴族のパトラの代替品、あるいはそれに準ずる染織品として位置づけられていました。まるで織物であるかのように染で表現されているのが大変面白い。
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